2014年09月05日
応援するという事。
お久し振りです。
行政書士の鈴木基之です。
最近
D・カーネギーの
「人を動かす力」という本を読んで
人を本気で応援するとは
どういう事だろうと
深く考えたりします。
とはいえ自分の中に
答えはある訳で。
その答えを裏付けてくれる様な
本でした。
例えばAという団体にいた人が
考え方が違い、
自分でBという団体をつくり
活動を始めたとして、
自分はAに居続けたとしても
その人を変わらず応援する事。
利害を超えて
自分とは考えが違っても
それでもその人が一生懸命ならば
その人の事を心から応援する。
それが本当に応援すると
いうことなのかなと。
考え方が違うだけで
けなしたり、バカにしたり、
頭ごなしにその人を説き伏せようとしたり、
仕事をしていく上でも
そういういう事をしない様に
気を付けたいなと思う今日この頃です。
行政書士の鈴木基之です。
最近
D・カーネギーの
「人を動かす力」という本を読んで
人を本気で応援するとは
どういう事だろうと
深く考えたりします。
とはいえ自分の中に
答えはある訳で。
その答えを裏付けてくれる様な
本でした。
例えばAという団体にいた人が
考え方が違い、
自分でBという団体をつくり
活動を始めたとして、
自分はAに居続けたとしても
その人を変わらず応援する事。
利害を超えて
自分とは考えが違っても
それでもその人が一生懸命ならば
その人の事を心から応援する。
それが本当に応援すると
いうことなのかなと。
考え方が違うだけで
けなしたり、バカにしたり、
頭ごなしにその人を説き伏せようとしたり、
仕事をしていく上でも
そういういう事をしない様に
気を付けたいなと思う今日この頃です。
この記事へのコメント
平田オリザ の「対話と会話」の内容に似てると思います。
コトワザに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」を聞いたことが有ります。他人が自分の意見と違う場合、相手の全てを否定する事だと思います。偏見かもしれませんが、我々日本人は意見の違う部分を煮詰めて妥協点を見出すことが非常に不得手で、感情的な部分に移行してしまう傾向が有ると思います。国会討論を見ていて常に思います。世界の外交では対話が非常に重要と思います。我々はその辺を訓練していかないといけないと思います。
コトワザに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」を聞いたことが有ります。他人が自分の意見と違う場合、相手の全てを否定する事だと思います。偏見かもしれませんが、我々日本人は意見の違う部分を煮詰めて妥協点を見出すことが非常に不得手で、感情的な部分に移行してしまう傾向が有ると思います。国会討論を見ていて常に思います。世界の外交では対話が非常に重要と思います。我々はその辺を訓練していかないといけないと思います。
投稿者(イシマ) at 2014年09月06日 10:02
違いと間違いですね。
違いが好き嫌いに反映してしまうと「合わない」という結論になるんでしょうね。(うらやましいとか妬みも一緒だと思います。)
好き嫌いはしょうがないですが、志や人間性が素晴らしい仲間に対しては自身との違いは、異なる能力として「自分にはもってない力」をもっている人として尊敬する方が正しいのかも知れません。
ナカガワ
違いが好き嫌いに反映してしまうと「合わない」という結論になるんでしょうね。(うらやましいとか妬みも一緒だと思います。)
好き嫌いはしょうがないですが、志や人間性が素晴らしい仲間に対しては自身との違いは、異なる能力として「自分にはもってない力」をもっている人として尊敬する方が正しいのかも知れません。
ナカガワ
投稿者(遠州工機@中川) at 2014年09月07日 11:34